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Voicyそなえるらじお #809 焼死・溺死・凍死…最悪の被害をもたらした函館大火から90年

最終更新日:

執筆者:高荷智也

Voicyそなえるらじお #809 焼死・溺死・凍死…最悪の被害をもたらした函館大火から90年

おはようございます!備え・防災アドバイザー高荷智也がお送りする「死なない防災・そなえるらじお」、3月21日(木)、本日も備えて参りましょう!

90年目を迎えた「函館大火」

本日のテーマは「函館大火」のお話です。

  • 本日3月21日は、北海道の函館で大規模な延焼火災が発生した日です。
  • 小さな半島に市街地が存在する函館市は、三方を海に囲まれているため風が強く、大きな河川などがないため消火用水の確保にも苦労する地域でもあることから、昭和初期まで度々大規模な大火に襲われてきました。
  • 函館市が公開している「函館の大火の歴史」を見ると、江戸時代末期・105棟の家屋が焼けた、1779年・安永8年の大火を最も古い記録とし、最も新しい1954年・昭和29年の大火まで合計30回の大火の記録が残されています。
  • 数年おきに大規模な火災に見舞われてきた函館ですが、そのなかで最も被害の大きかった大火が、ちょうど90年前、1934年(昭和9年)3月21日に発生した火災が最大規模のもので、いわゆる「函館大火」と呼ぶ際には、この昭和9年の大火を指すことが多いそうです。

函館大火

  •  昭和9年3月21日の夕方6時53分頃、函館市の南端にある民家から火災が発生しました。この日は発達した低気圧による暴風が吹いており、最大風速は推定で39m/sと、すさまじい突風が吹き荒れていました。
  • 悪いことにこの暴風は南西の風、ちょうど火元となった民家が函館市の南に位置していたため、そこから北側に広がる市街地方向に強烈な風が吹き、瞬く間に火災が広がり、大規模な大火に発展しました。
  • 最終的には、当時の函館市街地の3分の1の面積が燃え、11,105棟が焼失、2万世帯・10万人が焼け出されました。死者は2,166人、重軽傷者も1万人近くが発生する最悪の災害となったのです。
  • 大火の後に、亡くなられた方の死因が調査されていますが、火災の炎や煙に巻かれて命を落とされた方が900名も生じていましたが、それ以上に川や海で溺死されてしまった方も900名以上おり、これが函館大火の特徴となっています。
  • 炎から逃げる際に、燃え落ちた橋を渡ろうとして川に落ちてしまったり、暴風による高波に攫われてしまったり、という方が大勢生じたということです。
  • さらに、逃げ延びることが出来たとしても、火災の発生が夜中であったため、氷点下の気温で吹き荒れる暴風や雪などに耐えられず、200名以上の凍死者が生じていることも特徴となっています。
  • この火災が、函館で過去30回生じた大火の中でも、最悪の被害をもたらした災害でした。

函館大火の復興

  • 函館は、大規模な火災で大きな被害が生じるたびに、少しずつ道路や建物が改良されていますが、昭和9年の大火の後にも復興事業が行われました。
  • 特徴的なものとしては、火災の延焼を防ぐ街路樹や、地上に設置されている消火栓の整備があります。函館市内には2000本を超える、黄色い消火栓が街中に設置されていることが特徴ですが、この消火栓が整備されたのが、昭和9年の大火がきっかけでした。
  • 日本では消火栓の多くが地下にあり、マンホールを開けて消火活動に利用されていますが、函館市の消火栓は雪が積もっていてもすぐにアクセスできるように、そして雪の中でも目立つようにと、黄色い消火栓「函館型三方式地上式消火栓」が整備されたということです。

本日も、ご安全に!

本日は「函館大火」のお話でした。

それでは皆さま、引き続きどうぞ、ご安全に!

サイト管理者・執筆専門家

高荷智也(たかにともや)
  • ソナエルワークス代表
  • 高荷智也TAKANI Tomoya
  • 備え・防災アドバイザー
    BCP策定アドバイザー

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