Voicyそなえるらじお #1169 南海トラフ地震の発生確率は「水増し」されているって本当?
初回投稿日:
最終更新日:
執筆者:高荷智也
おはようございます!備え・防災アドバイザー高荷智也がお送りする「死なない防災・そなえるらじお」、9月17日(水)、本日も備えて参りましょう!
結局は常に備えるのみ
本日は「南海トラフ地震の確率」のお話です。
前回の放送では、YouTube「そなえるTV」より、『大間違いの南海トラフ巨大地震…想定死者29万8千人の地震が、30年以内に80%程度の確率で生じるのは誤りって本当?』というお話をいたしました。
今回はこれに関連した話題で、南海トラフ地震の「確率」に関するお話です。
地震本部による長期評価
天気予報並の精度で地震予知ができたらいいのにな…とは、防災関係者だけでなく、多くの方が望んでいる技術の進歩かと思います。しかし、現代の科学では、「いつ・どこで・どのくらいの」大きさの地震が発生するか、というレベルでの地震予知は行えません。
一方、「向こう30年以内に大地震が生じる可能性は○%」というレベルにおいては、地震の確率が求められ公開されています。これは、文部科学省の機関、「地震調査研究推進本部」、通称「地震本部」が担当しています。
地震本部では毎年、主要な活断層で発生する地震や海溝型地震を対象に、地震の規模や一定期間内に地震が発生する確率を予測したものを「地震発生可能性の長期評価」、通称「長期評価」として発表しています。
この長期評価は、南海トラフ地震に限らず、日本全国の活断層や、海溝型地震震源断層を対象に、「ここで大地震が生じる可能性は、向こう○年以内に○%」という数字を求め、毎年最新数値として更新しています。
長期評価の手法
長期評価を行うのは、定期的に大地震が生じる「活断層」と、海溝型地震の2つが対象となっています。基本的な考え方としては、活断層で生じる大地震も、海溝型地震震源断層で生じる巨大地震も、同じ場所で定期的に大地震が繰り返されると仮定し、その場所で生じる大地震の平均的な間隔を求め、年数経過とともに地震発生確率値が増加していくという考え方です。
例えば「南海トラフ地震」の場合は、1361年に発生した「正平地震」以降、明応地震、慶長地震、宝永地震、安政地震、昭和地震と6回の巨大地震が発生していますが、地震発生の間隔は約90年から150年であることが分かっています。
前回の昭和東南海地震と昭和南海地震は、1944年と1946年に発生し、すでに81年が経過しています。過去の地震の発生間隔、90年~150年に照らし合わせると、そろそろ次の地震が起きてもおかしくないとも、あるいはあと50年くらいは猶予があるかも、とも、どちらとも考えられるわけです。
大阪・上町断層の長期評価
全国の活断層による地震や、海溝型地震についても、基本的には同じような考え方で「確率」を求めています。ただ、南海トラフ地震などは地震の発生間隔が相当に短い地震であり、活断層などが起こす地震の間隔は数千年から数万年というものも多くあります。
例えば、大阪市の中心部を南北に縦断している、長さ42kmの「上町断層帯」というものがあります。上町断層帯では、断層全体が同時に動いた場合、マグニチュード7.5程度の大きな地震が発生すると想定されており、この場合大阪市は壊滅的な被害をこうむることになります。
上町断層帯では、調査によると8,000年程度の間隔で大地震が発生していると想定されており、一方で前回の地震は、約28,000年前から9,000年前と推定されています。8,000年ごとに地震が生じる活断層で、前回の地震から9,000年以上が経過している、つまり、もう「満期」を迎えており、今日明日にも大地震が発生してもおかしくない、ということを示します。
もちろん、過去1万年以上の地震の記録が残っているわけではありませんので、これはかなりアバウトな推計となります。確かに今日明日、上町断層帯の大地震が生じてもおかしくはないのですが、数千年から数万年単位で動く断層の話ですから、向こう100年から1000年間大地震が発生しない、という可能性も大いにあるわけです。
そのため、上町断層帯で、向こう30年以内に大地震が発生する確率は、「2~3%」と見積もられております。なんだか低く見えますが、国内の活断層の中ではトップクラスに高い数値となります。
ちなみに、1995年に発生した、阪神・淡路大震災、を引き起こした「兵庫県南部地震」について、同じような考え方で、地震発生直前の「30年以内の確率」を求めると、0「.4%から8%程度」となります。これと比較をすれば、上町断層帯の「2~3%」という数字は、ずいぶん高い値のように見えてきますね。
南海トラフ地震について
さて、南海トラフ地震についても、元々は他の活断層・海溝型地震と同じような考え方で、地震の確率が求められてきました。同じ場所で同じような地震がほぼ一定の間隔で繰り返す、地震が生じない期間が長く続けば地震発生の確率が上がって行く。シンプルです。この考え方は、通称「単純平均モデル」と呼ばれています。
この考え方で、2001年1月1日当時、南海トラフ地震の長期評価が行われました。その際の数値は、南海トラフの東側・東南海地震は今後30年以内に「50%程度」、南海トラフの西側・南海地震は今後30年以内に「40%程度」という値でした。
一方、この値が発表されてから24年後、2025年に更新された南海トラフ地震の発生確率は、今後30年以内に「80%程度」と、ずいぶん高い値に更新されています。24年間南海トラフ地震が生じなかったことで、確率が上がったのかとも思いたくなりますが、そうではありません。
実は、全国の地震の長期評価を行っている「単純平均モデル」とは別に、南海トラフ地震限定で別のモデルが作成され、この計算式による確率が「30年以内に80%」という数値になるのです。それが、「時間予測モデル」という計算方法です。
時間予測モデルと南海トラフ地震の確率
時間予測モデルとは、「次の地震までの間隔と前回の地震のすべり量は比例する」というモデルです。単純平均モデルでは、単純に時間の経過とともに地震発生の確率が上昇するという考え方でしたが、南海トラフ地震で用いられている時間予測モデルでは、「地震のすべり量」という言葉が登場しています。
これは、大きな地震の後では次の地震までの間隔が長く、小さな地震の後では間隔が短いということになります。これは南海トラフ地震だけで用いられているモデルなのですが、それには理由があります。この時間予測モデルで計算を行うためには、過去に発生した地震の大きさや、断層のずれの大きさに関する細かいデータが必要です。
南海トラフでは、高知県の室戸港の地盤の隆起量が、江戸時代から記録されており、この数値を使うことで、単純平均モデルよりも正確に、次の南海トラフ地震の発生時期を求めることができるということで、異なる計算が行われています。
前回、昭和の南海トラフ地震は、その前の安政地震や、宝永地震と比較して、やや規模の小さな地震であったことが分かっています。そのため、地震により開放されたエネルギー、厳密にはプレートの境界に蓄積されたずれが小さく、次の大地震を引き起こすためのエネルギーがすぐにたまる、という考え方です。
そのため、単純平均モデルで算出した次の南海トラフ地震の時期よりも、時間予測モデルで計算した時期の方が早いと見込まれ、この最新版である2025年1月の更新では、「向こう30年以内に80%程度」という数値が求められました。
時間予測モデルの問題
時間予測モデルで地震の確率を求めるためには、過去の地震の大きさや、地盤のズレを正確に把握することが不可欠です。ところが近年、室戸港に記録されていた過去数百年間の地盤のズレ記録が、不正確だったのではないかという疑念が生じています。
また、南海トラフは静岡から九州まで広く広がる地域ですが、その全体の地震の状況を、室戸港1箇所だけのデータで算出してよいのか、という疑問も生じています。などの状況を総合的に鑑みますと、南海トラフ地震が向こう30年以内に発生する確率が「80%程度」という数値は、大げさに過ぎるのではないか、という指摘が近年なされて、ニュース報道などでも報じられているのです。
実際のところ、南海トラフ地震の発生確率はどのていどなのでしょうか。南海トラフ以外で用いられている「単純平均モデル」を用いるならば、24年前の値ですが、30年以内の地震発生確率は40~50%程度、ということになります。また、各種の研究によっては、これが20%程度になるのではないか、という説も報じられています。
これは、いったいどう解釈すればよいのでしょうか。
私たちがすべきこと
南海トラフ地震の発生確率が、実は実態以上に水増しされているかもしれない。これは事実です。ではこれを受けて、私たちは地震対策をどのように考え直せばよいのでしょうか。それは、特になにも考え直す必要はないということになります。
南海トラフ地震の発生確率は、計算モデルにより高くなったり低くなったりします。しかし、何かの理由で突然プレート運動が停止し、地球が死の星にならない限り、将来的に必ず発生することは間違いありません。南海トラフ地震の発生頻度は、過去6回をさかのぼると90年から150年程度、これは事実です。
そして前回の地震から81年が経過しました。これを考えると、そう遠くない将来に、巨大地震が発生する可能性がある、これもも揺るぎない事実となります。これが10年後なのか、50年後なのか、あるいは100年後なのかは分かりませんが、将来必ず発生することが分かっている地震に対しては、常に備えるしか行えることはありません。
また、地震は南海トラフ地震だけではなく、その他の地震が今日、ここで、生じる可能性ももちろんあります。さらに言えば、災害は地震だけではなく、家庭の防災ですべきことは、南海トラフ地震の30年以内の発生確率が20%だろうと80%だろうと、変わらず、繰り返しますが常に備える、ということしか言いようがありません。
もちろん、国や都道府県が行う防災などには、この確率の数字が意味を持ちます。具体的には予算配分に効いてきます。そうしたお仕事に携わられる方は、こうした確率の数字にも注目するとよいと思いますが、私達個人や家庭、あるいは企業や市町村単位で行う防災に対しては、地震の確率を気にする必要はありません。
つぶれない建物に住む、室内の安全対策と火災対策をしっかり行う、津波や土砂災害からの避難の準備をする、できれば逃げなくてよい場所に住む。そして停電や断水に備えて防災備蓄品を確保する、この基本を、毎日の生活の中で、ぜひ粛々と続けていただきたいと思います。
本日も、ご安全に!
本日は「南海トラフ地震の確率」のお話でした。
それでは皆さま、引き続き、ご安全に!