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Voicyそなえるらじお #1278 記憶が記録になる15年…震災を風化させない命を守る仕組み作り

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最終更新日:

執筆者:高荷智也

Voicyそなえるらじお #1278 記憶が記録になる15年…震災を風化させない命を守る仕組み作り

おはようございます!備え・防災アドバイザー高荷智也がお送りする「死なない防災・そなえるらじお」、3月11日(水)、本日も備えて参りましょう!

あの前震から15年

今回の放送は「震災の記憶」のお話です。

本日2025年3月11日は、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震と、この地震により引き起こされた東日本大震災が生じてから、ちょうど15年目となる日です。15年というのは短くもあり、長くもある時間です。震災の「記憶」が「記録」の話になりつつある昨今、東日本大震災の記憶を風化させないという取り組みがなされていますが、本日はこの、震災の記憶の風化についてお話をいたします。

東日本大震災から15年

2011年(平成23年)3月11日14時46分、三陸沖の太平洋を震源とした超巨大地震が発生しました。地震の規模を示すマグニチュードは日本史上最大の9.0、最大震度は7、宮崎県と沖縄県を除く全ての都道府県で揺れを観測しています。

この地震により、高さ10メートルを超える巨大な津波が太平洋沿岸の広い地域に押し寄せ、最大で高さ40mの遡上高を記録しています。また地震の揺れや、津波による大規模な火災、土砂災害、大規模な液状化現象などの発生も広い範囲で生じました。

さらに、地震の揺れと津波の影響をうけ、福島第一原子力発電所では炉心融解・メルトダウン事故が発生。旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故と並ぶ、人類の歴史上2件しかない最悪の原発事故に発展しました。この事故の後処理は現在も続いており、完了の見通しは立っていません。

こうした、一連の複合災害により、死者15,901人、行方不明者2,519人、震災関連死による犠牲者が3,810人、合わせて22,230人が犠牲となりました。さらに、震災の直後に47万人にのぼった避難者は、2026年2月現在でいまだ26,281人おり、震災がまだ終わっていないのだということが分かります。

震災から15年を迎える本日、改めて犠牲となられた方々に、深く哀悼の意を表すと共に、今なお、歩みを続けておられる皆様が、1日も早く心休まる生活を取り戻せますよう、お祈り申し上げます。

震災の記憶

地震の発生から15年という節目の年を迎えていることもあり、各種メディアでは東日本大震災を振り返る記事や報道が多くなされています。その中でよく見聞きするのが、震災の記憶を風化させない、後世に語り継ぐことの重要性です。

15年という月日の長さは、当時を体験した人にとっては、つい昨日のことのような短い時間でもあり、一方当時を知らない世代にとっては、教科書の1ページで学ぶことになりつつある、何とも難しい時期と言えます。

2011年3月11日に誕生した子どもは、今年2026年の4月から高校1年生となります。2010年度に生まれた子どもたちは、この3月で中学校を卒業しますので、義務教育の過程において、震災を経験したことのある子どもはもういなくなるのです。文字通り、東日本大震災が教科書の中だけに存在する出来事になりつつあります。

このような状況において、記憶の風化はまぬがれないことです。震災の教訓を生かす対応としては、次のステップへ進んで行かなければなりません。それが震災の記憶を、防災の仕組みにする取り組みです。

地震大国日本

日本は、世界的に見て、大変多くの震災の記録が残されている国です。文字の記録に残る最古の大地震は、「日本書紀」に記述されている、西暦416年に生じた允恭地震(いんぎょうじしん)ですが、地震の場所・規模・様相は分かっていません。

地震による被害の記録としては、同じ日本書紀に記述されている、西暦599年に大和国・現在の奈良県辺りで生じた推古地震(すいこじしん)と考えられています。多くの建物が倒壊したという記録が記述されているそうです。

近い将来の発生が想定されている南海トラフ地震、最古の記録は、西暦684年に発生した白鳳地震(はくほうじしん)と想定されています。これも日本書紀に記述されている地震の記録です。

このように、1500年もさかのぼって地震の記録が残っている地域はそう多くありません。日本が地震大国であることと同時に、当時の記憶が、記録として残されているから、今私たちは過去の地震を振り返り、日本が長らく地震大国であったということを理解できます。

1500年前の地震を記憶している人はもういません。記憶は完全に風化し、砂粒すら残っていない状況です。しかし私たちはそれを悲しいとは思っていません。それは当事者が1人もいないからです。

被災者や家族を失った方にとって、災害の記憶は大切なものです。しかしそうでない人々にとっては、記憶よりも、記録として出来事が残されることの方が重要であると言えます。どちらが良い悪いという話ではなく、どちらも重要なものだと思います。

石碑からデータベースへ

震災の記憶を、防災の仕組みにする取り組みとして重要なことは、過去の経験を生かして、次に同じような災害が生じた際の被害を減らすことです。かつては、村に伝わる伝承、祭り、石碑という形でこの記憶を残してきました。

例えば毎年夏に京都で行われる、日本三大祭りのひとつ「祇園祭」、クライマックスの山鉾巡行などが有名ですが、祇園祭も由来をひもとけば、平安時代の前期869年に、京で疫病が流行した際、庭園に鉾を立てて厄災が取り除かれるように祈ったことが始まりとされています。

2020年から生じた、新型コロナウイルス感染症パンデミックでは、日本中が狂乱状態に陥りましたが、感染症は過去から何度も生じ続けている災害のひとつで、本来であればもっと冷静な対応を取ることができたはずなのです。こうした事態に対して、過去の教訓を生かさなければなりません。

さらに、東北地方の太平洋側沿岸は、昔から繰り返し津波被害にあってきた地域です。この記憶を生かすため、多くの石碑や言い伝えが残されています。地震が発生したら、石碑よりも高台へ逃げろ。あるいは、この石碑よりも海に近いところに家を建ててはいけないというような言い伝えです。

現代においては、この石碑は「ハザードマップ」という、より詳細な資料にアップデートされて、全国津々浦々の地域において、災害リスクが可視化されるようになっています。そして、多くの津波や水害では、このハザードマップ通りの被害が生じているのですが、ハザードマップを無視して、あるいはしらなくて、沈んだり崩れたりする場所に家を建てる、町を作る、そうした状況は、むしろ加速していると言えます。

震災の記憶を風化させないことは重要です。しかしそれは、命を守る対策に落とし込まなければ、単なる歴史エンターテイメントとしての役割しか担うことができません。震災の記憶は単なるお話ではなく、防災の前提なのです。

改めて考えること

大地震で建物を潰さないために重要な、建築基準法の耐震基準は、大地震による顕著な被害が生じるたびに見直され、より頑丈な基準へと変わって来ました。しかし、理想的には、全ての建物が耐震等級3で作られることですが、いまだその状況には至っていません。これはもったいないことです。

水害による被害を教訓に、ハザードマップはより想定外の大雨に対応するように進化しています。しかし現実的には、沈んだり崩れたりする場所に多くの住宅が作られ、そして逃げ遅れによる被害が生じています。人口減社会を迎え、土地や建物が余っていく状況において、街作りのあり方を見直すチャンスに変えていかなければなりません。

人類の歴史は、食料生産の歴史でした。いかにして人を死なせずに冬を越すか、自然災害から田畑を守るか、つい100年ほど前までは、大飢饉が生じることは当たり前だったのです。しかし今、私達は情勢の悪化のたび、お米を買い占めたり、トイレットペーパーを買い占めたりしています。記憶が生かされていないのは、悲しいことです。

東日本大震災の発生から15年、記憶の風化は仕方のないことですし、悲しむようなことでもありません。この記憶を、しっかり分析し、次の震災への備えとする。法律の整備、私たちのライフスタイルの変化、日々の対策へ落とし込む対策を考えることが重要と言えます。常に備えましょう。

本日も、ご安全に!

本日は「震災の経験」のお話でした。

それでは皆さま、引き続き、ご安全に!

サイト管理者・執筆専門家

高荷智也(たかにともや)
  • ソナエルワークス代表
  • 高荷智也TAKANI Tomoya
  • 備え・防災アドバイザー
    BCP策定アドバイザー

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