Voicyそなえるらじお #1276 本番!と思われた2011年3月9日のM7.3宮城県沖地震の話
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執筆者:高荷智也
おはようございます!備え・防災アドバイザー高荷智也がお送りする「死なない防災・そなえるらじお」、3月9日(月)、本日も備えて参りましょう!
あの前震から15年
今回の放送は「東日本大震災と東北地方太平洋沖地震」のお話です。
宮城県沖地震
ちょうど15年前の本日、2011年3月9日のお昼前、11時45分頃、宮城県三陸沖を震源とする、深さ8キロ、マグニチュード7.3、最大震度5弱を観測する大地震が発生しました。
比較的浅い場所で発生し、かつ大きさもマグニチュード7.3と、大きな被害が生じる規模の地震でしたが、幸い陸地から130km離れた沖合で発生したこともあり、この地震による被害は負傷者2名と、地震の規模と比べれば小さく抑えることができました。
この地震では、岩手県で最大55cm、宮城県で最大48cmの津波も観測され、津波注意報も発表されました。幸いこの津波による被害もありませんでした。
宮城県三陸沖では、昔から定期的に大きな地震が発生し、津波を含む被害をもたらしてきました。例えば、2011年1月1日に更新された、全国の大地震の確率をもとめる「長期評価」を見ますと、宮城県沖ではM7.5前後の地震が、10年以内に70%程度、30年以内に99%の確率で生じると評価されていました。
3月9日の11時45分頃に、M7.3の大地震が発生した後、2日間の間に、M6以上の余震が6回、M5以上の余震も17回発生し、本震の後に余震が続くという、大地震の後の典型的なパターンになり、この2011年3月9日に発生したM7.3の大地震は、まさにこの固有地震、宮城県沖で定期的に生じる地震だと思われた訳です。
宮城県沖地震
そんな、定期的に生じる宮城県沖での地震、長期評価では、平均37年間隔で大きな地震が生じるという数字が発表されていました。直近においては、2011年からさかのぼること33年前、1978年6月12日に、M7.4の大地震が発生しています。この「1978年宮城県沖地震」では、最大震度5の揺れと、最大37センチの津波を観測しました。
揺れの大きさそのものはそれなりでしたが、1978年と言えば、いわゆる「新耐震基準」が定められる前の時代であり、全ての建物が「旧耐震基準」で作られていました。そのため、仙台市を中心に液状化現象によるビルの倒壊や、住宅の被害が発生し、建物の全壊1000棟以上、半壊5000棟以上という大きな被害に発展しました。
とりわけ住宅地におけるブロック塀の倒壊が多数発生し、ブロック塀に押しつぶされた方18名を含む、28名の死者を生じさせることになりました。この被害を教訓に、1981年に建築基準法が大きく改正され、現在の新耐震基準が生まれることになり、その後の建物被害を大きく軽減されることにつながったのです。
2011年3月9日に生じた、M7.3の大地震は、まさにこの宮城県沖地震の再来と思われましたが、この33年間の間に建物の耐震化などが大きく進んだため、1978年の時のような人的被害を抑えることができたわけです。これは地震対策の大きな成果であったと言えるでしょう。ところが、問題はこの地震発生から52時間後にやって来ます。
すなわち、2011年3月11日、14時46分に発生した、マグニチュード9の超巨大地震、東北地方太平洋沖地震と、これにより生じた東日本大震災の発生です。
東北地方太平洋沖地震
ところで、簡単に言葉を整理しておきます。2011年3月11日14時46分頃に発生した、マグニチュード9の超巨大地震は、気象庁が「東北地方太平洋沖地震」と命名しています。
そして、この超巨大地震により引き起こされた、最大震度7を観測する強い揺れ、最大遡上高40mを超える津波、土砂災害などにより引き起こされた、死者2万2千人を超える最悪の大震災が、通称「東日本大震災」です。
この、東北地方太平洋沖地震では、全地球規模でみても直近100年間で5番目に大きな、超巨大地震でしたが、この地震が発生する前、日本ではマグニチュード9クラスの超巨大地震は発生しないと考えられており、色々な面において想定外の地震でした。
今思えば、2011年3月9日に発生した、マグニチュード7.3の大地震と、その後2日間で発生したM5~M6の23回の大きな余震は、全てM9の本番の地震の「前震」だった訳ですが、これはあくまでも後付けです。冒頭申し上げましたが、当時はM7.3の前震こそが、37年おきに発生する宮城県沖地震の、平均より少し早い本番だと思われたわけです。
地震活動における、前震・本震・余震の関係は、全て後付けです。一連の地震活動が全て終了、または終息に向かうタイミングで、今思えばこれが前震・本震・余震だったねと、後から評価して定めるものです。
しかし、この東北地方太平洋沖地震において、難しいとはいえ前震となる地震を見逃したことは、反省というより、地震防災の可能性のひとつとして評価され、これが現在の「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」や、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」につながっています。
あの日に戻れたら
2024年8月8日に発表された、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」や、2025年12月9日には発表された「北海道・三陸沖後発地震注意情報」では、1週間にわたり、巨大地震へ注意を払うようにとのお知らせが発表されました。
これは、2011年の「東北地方太平洋沖地震」において、前震となる地震を結果として見逃したことを教訓に作られたお知らせの制度です。もちろん、この「前震・本震」というパターンは必ず生じる訳ではなく、特に本震が巨大地震となるようなパターンは、数百回に1回程度という、ほとんど偶然としか言えない程度の確率となりますが、それでも「あの日に戻ることができたら」、2011年3月9日に戻ることができたら、どのような対策をしますか?という投げかけをする意味でも、事前にお知らせが発表されるようになっています。
もちろん日本においては、いつでも・どこにでも、大きな地震が発生します。地震予知は現在のところ不可能で、南海トラフ地震臨時情報や北海道・三陸沖後発地震注意情報も、今のところは、あってもなくてもよい「お知らせ」以上の役割を持てていません。しかし過去の教訓を生かして、できる防災をすることは重要です。
改めて、巨大地震の2日前に戻ることができたら、どんなことができるのか、イメージをしてみていただきたいなと思います。
本日も、ご安全に!
本日は「東日本大震災と東北地方太平洋沖地震」のお話でした。
それでは皆さま、引き続き、ご安全に!